のぼり旗は、現在ではおもに販促用ツールとして用いられ、大きな成果を上げています。
絵幟が衰退の一途をたどっているのに引き換え、のぼりは、商業の世界で一切廃れることなく、それどころか現在まで、ほとんどその姿を変えずに存在しています。
これは、日本の歴史的な変化から考えても、ありえないほどの凄さです。
あんなに大空を自由に待っていた鯉のぼりたちがいなくなってきたのに、あんなにエラそうに座っていた雛人形も小さくなったのに!ちょんまげの人は一人もおらず、着物姿の女性さえほとんど見かけない。
下駄などはかないし、下着も付けている。
携帯電話は発達し、600mをこえる建造物も作り出した。
なの似なのに…のぼり旗は変わらない。
伝統的な姿としてそこにあるのではありません。
実用の形としてその姿を保っているのです。
こんなにすごいものを、他にはほとんど知りません。ちなみに、のぼりを購入するならこちらがお薦め、、、評判のうちわ株式会社
室町時代に生まれた機能美は、究極の姿であったという事なのでしょう。
信じられないようなことですが、私達は、日々この目で、その奇跡の佇まいを目にしているのです。
絵のぼりに関しては、残念ながら衰退の道をたどっていると言えます。
これは、本当に残念なことです。
少し調べても、もう絵のぼりの職人が、日本に幾人もいないという事がわかります。
以前は、風習として根強く残っていた端午の節句の祝いも、合理化と略式化が進む中で、高価で大きな飾りである絵幟などは、極端に需要が減ってきました。
しかし、国内では需要がなくとも、海外からは高い評価を得ている職人もおり、何百年もの伝統の技術で、北斎の様に世界を魅了している日本人がいるのです。
日本人には「用の美」の価値観が根強く、使われなくなったものや、使用を考えられないものは、例え伝統工芸品であっても、価値を感じられないという事が多いのです。
北斎の絵のぼりが、ボストン美術館で保管され、美しい姿を保っていますが。
これが日本で個人所有のままであったら、その用の美の概念に基づき、実用的に飾られ、いまのように美しい状態ではいられなかったでしょう。
こう考えると、なぜ日本の技術が、国内ではなく海外に活躍の場を見出そうとするのかも、わかってきます。
絵のぼりの未来は、もはや外国が握っているのかもしれません